近くに住む友人から、飼い犬が亡くなったというハガキをもらったので、お悔やみのメールを出したら下記の「手紙」が届いた。
こちらでは、こんなこともあるんだと知ってほしかったので、友人に断りもなく掲載することにした。(因果関係は証明できない)
文中の固有名詞や地域名は、書き換えている。

友人が飼っていた犬(チャーリー)は、原発事故で置き去りにされて保護されていた犬で、黒と白の小さい雑種だった。散歩の途中でうちにお披露目によったときは、ブルブル震えていて体験したことの大きさが感じられた。

///////////////////////////手紙内容///////////////////////////////

こんにちは。
お悔やみのメールを、ありがとうございました。
いい写真を撮ってもらったり、チャリーの生前中は、いろいろとお世話になりました。

メールで返信すると、長文になってしまうと思ったので、手紙を綴ることにしました。

9月の中ごろからチャーリーの食欲が落ちてきて、夏バテでもでてきたのかな、と心配していたところ、下旬になって右脇腹にシコリがあることに気づき、動物病院へいくことになりました。そこで針による病理組織検査を受けたのですが、明確な悪性の所見はなく、こうしたシコリの7割は良性なので、しばらくその変化を見守るように、ということになりました。
しかし、その後も食欲不振は続き、多飲多尿や目にピンクの瞬膜が見えるようになるなど、以上な症状も見られるようになったので、10月15日に再び動物病院へ。
そこでX線検査、血液検査を受けたところ、胸に炎症の陰があり、心臓がかなり肥大して肺を圧迫していることがわかりました。
そこで病理組織を直接検査するためにも脇腹の腫瘍を摘出することになり、17日に手術を受けました。ところが、この時に行ったエコー検査により、心臓の右心房を塞ぐように大きな「血管腫瘍」があり、そのために、心臓を包む膜に水がたまる「心タンポナーデ」という症状を併発していることがわかりました。
ここに至ってようやく、胸の影や心臓肥大、そして脇腹のシコリそもそもの原因が、心臓の中の血管腫瘍(悪性)にあることが判明したわけです。先生からは、治癒の見込みはなく、心臓の中なので摘出手術も不可能。今の時点では余命2ヶ月、抗がん剤治療をすれば3倍の6ヶ月には伸びるでしょう、と言われました。
もちろん抗がん剤治療を選択して、少しでも長く生きてもらいたいと思っていましたが、17日の摘出手術の後から急に元気をなくしてしまい、昼も夜も3〜4時間ごとにトイレのために外に出すのがやっと、という状態になってしまいました。
そして22日の昼間、私のベッドに上がって横になったまま、ふと気づくと、ひっそりと息を引き取っていました。大人しくて優しいチャーリーらしい、とても静かな最期でした。

半年の病気との闘いを覚悟していたのですが、あまりにもあっけない別れとなりました。長く苦しむ姿を見なくて済んだことだけが救いです。
後日、ネットなどで調べたところ、「血管腫瘍」の転移率は非常に高く、また非常に速いスピードで転移するとのことでした。

原発被災犬の里親になろうと決めた時に、いつかはその犬と別れることになるだろうけど、その時に後悔することのないよう、飽きるほどいっしょに遊び、飽きるほど散歩をし、擦り切れるぐらい頭を撫でてやろう、と心に決めていたのですが、その日がこんなに早くきてしまうとは、まったく思ってもみませんでした。

毎年の混合ワクチンやフィラリアの予防に努めていれば、あと10年は一緒に暮らせると思っていました。
動物病院の先生によれば、ストレスを受けると、それだけ免疫力が低下し、悪性腫瘍に侵される確率も上がるとのこと。過酷な被災生活が病気の引き金になったことは充分に考えられ、とすればこれも、震災関連死のひとつと言えるのかもしれません。

チャーリーは今お骨になって、きれいな骨壺の袋に包まれて、仏壇の脇に安置されています。
私の方は、まあ、正直がっくりきましたね。亡くなった日から、この世界がモノクロになってしまったような感じです。
亡くなってから、火葬の手配や立ち会い、動物病院への通知やお礼の挨拶、保健所への届け、マイクロチップのデータを管理している日本獣医師会への通知、福島シェルターへの通知・・・・など、ひとつひとつ味わうようにこなしてきましたが、それもすぐ一段落してしまいました。
一人で散歩しても面白くも何ともないので、家の中でゴロゴロしています。庭仕事をする張り合いもなくなりました。チャーリーが来てからの1年で、毎日の散歩のおかげで7キロほども体重が減りましたが、これからあっさりとリバウンド(?)しそうな感じです。

とはいえ、あの大人しい、気立てのいいチャーリーが、この家に来てくれたこと、そしてお互いに幸せな時間を分け合えたことは、運命の神の導きだったとも思って、とても感謝しています、たぶんチャーリーも幸せに思ってくれたのではないかな、と思えるので。

・・・というような次第でした。まあ、そのうち、忘年会にでも誘って下さい。その時は、お酒でも持ってお邪魔しますので。ではまた。気を配ってもらってありがとうございました。

平成25年11月19日